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7話 生まれて初めての反抗

last update Last Updated: 2025-03-19 14:30:29

 頭上に広がる紺碧の夜空に沢山の星々の瞬きが鮮明だった。今日は月が無い、新月だったようだ。

 初秋の夜風は少しだけ冷たさを含んでいるが、まだ震える程の寒さでは無い。

 キルシュは着の身着のまま、女学院の夏制服を纏ったキルシュは一人……否、一羽の鳩を連れて伯爵家へと続く穏やかな坂道を下りながら、ぼんやりと空を眺めて歩んでいた。

 その表情は、どこかせいせいとしており、先程までの暗さが無かった。

「勢いだけで、本当に屋敷から出てきちゃった……」

 キルシュは歩みつつも後ろを振り返る。後方には明かりが消えた屋敷の輪郭だけが闇にぼんやりと浮かんでいた。

 ──何のために生きるんだ? おまえは、自分の存在意義をどうしたいの?

 突如として現れた〝喋る鳩〟に訊かれた事に、キルシュは今も尚、答えも出せずにいた。

 だが、考えるよりも身体が動くのは早かった。

『分かった。出て行く。後で考える』と、鳩にそう言って、最低限の荷物を肩掛けの鞄に詰めた。そうして……

 探さないでください、兄様さようなら。

 出来損ないの妹より

 そう、書き殴って家出した。

 しかし、玄関から出れば間違いなく、使用人にバレてしまう。そこで、すぐに浮かんだ脱出方法は窓からだった。

 自室の窓を空けて、能有りの力を使った。植物の蔦を生やし、近くの木に結びつけて飛び移り……そうして、あとは蔦を伝って木を降りた。

 そうして思いの他、簡単に脱出に成功してしまったのだ。

 ほんの少しだけ運動神経が良かった事も幸いしただろう。しかし。まさかこんな事に自分の力が役立つとは思わず、キルシュ自身も驚いてしまった。

「私の力って、夜逃げや家出に向いてたのね……なんか結構便利かも」

 普段遣うなと制限しているものだ。それなのに、こうも簡単に思い通りに扱えてしまうとは。そして、家出を成功させてしまうとは。

 ちょっとし
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     その日の夕食は、穀物の練り込まれた黒いパンに、キノコのスープ。それから魚を焼いたものと腸詰め肉にベリーのソースを添えたものだった。  シュネは、基本的に自給自足と物々交換の生活を送っているらしい。森でとれたキノコやベリーをレルヒェの市場へ持って行き、小麦や肉類、衣類などと交換しているそうだ。また、魚に関しては、夕飯時になると台所に置かれているそうで……恐らくケルンが湖で釣ってくるのだろうと言っていた。    ケルンの生活は、五年半の月日をともに暮らしているシュネでさえも大して把握していないそうだ。  分かる事は、今日のように晴れた日の日中は教会周辺で眠っていて、夜になれば動き出す……と、まるで野生動物のような生活を送っているらしい。    しかし、ケルンは動物とは違う。無機物だ。  それ故か、彼が食事を必要としないらしい。全く食べられないというわけではないらしいが、要らないと……。  ゆえに、これだけともに長く暮らすシュネでさえ彼が何かを食べている場面は一度も見た事が無いそうだ。 間違いなく後天的。とは言っても、機械に支配された身体なのだから、食べ物がエネルギーになるとは考え難い。いったい何が動力源なのだろうか……と、そんな疑問が浮かんでくる。  しかし、連想できる事は一つだけあった。 ──あの時、彼は力の解放にキルシュの〝心〟を喰った。  その時にされた行為はさておき。あの時『回復するのに』という言葉を言っている時点で、通常時は自然に動力を回復されているのだと思しい。  昼間は眠っている事が多いと聞くので、睡眠が大きいのだろうとは想像できた。    そもそも、〝機械仕掛けの偶像になり損ねた〟なんて発言や、神秘的生物のファオルとの接点などを考えると、もっと神秘的で神聖で人知を超えたものが絡んでいるのだろうとも考えられる。    しかし、あまり彼の事は考えないようにしよう。  どうにも、キスの事ばかり思い出してムズムズしてしまうのだ。  キルシュは湯浴みの後、与えられた部屋の中、ベッドの上に転がってお気に入りの古書を読み始めた。 今キルシュが纏っているものは、シュネが貸してくれた卵色のナイトドレスだった。  喩えるのであれば、その形状は森に咲くホタルブクロの花を連想する。胸や腰周りはぴったりとしているが、裾にいくほど幾重にも

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   17話 昨晩の鮮烈な記憶

    「揃いも揃って騒がしいなぁ……」  続けて言った言葉は、欠伸を混じりの間延びした気怠げな声だった。 ストン。と、目の前の落葉樹の枝から音も上げずに降りた灰金髪の青年はゆったりとこちらに歩み寄って来る。 それは紛れもなく昨晩出会った〝機械仕掛けの偶像になり損ねた〟と自称する機械人形─ケルンだった。 彼の容姿は目立つ。なかなかの長身だ。それなのに、そこに居た事に気付きもしなかった。 否、そんな場所にいる事を誰が予想をするものか。だが、驚いているのはキルシュ一人だけ。それが彼にとっては日常なのだろう。「もう、ケルンってば。寝るなら部屋で寝ればいいのに……木から落ちたら危ないわ」 肩を竦めて呆れ気味に言うシュネにケルンは、伸びをしながら欠伸を一つ。「天気が良いから、昼寝は外の方が気分が良いんだよ」 …………機械人形も寝るんだ。と、どうでも良い感想が頭に浮かんだ。 だが、彼は間違いなく後天性。だから、別にそれが普通なのだろうと納得する。しかし彼の顔を……薄くも形の良い唇を見た瞬間に、キルシュの脳裏には昨晩の事が蘇った。 心をくれ。そう命じられて。上を向かされて、大人のするような、随分と情熱的で官能的なキスをされた。それも初めてのキスで……。 その唇は温かみがあった。食まれ、貪られるように何かを絡め取られ……と、生々しい程に鮮明な感触が途端に口の中に蘇り、キルシュは慌てて唇を押さえた。 (普通なら嫌な筈なのに。ファーストキスなのに。なんで私……)  キスは心を通わせて両思いになった愛し合う男性とするもの。そういう常識があるのに。そうが良かった筈なのに、あんなに無理矢理……。キルシュは戸惑った。 ただ恥ずかしいだけで、決して嫌な心地が無かった自分に戸惑ってしまう。

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   16話 忌まわしきの象徴の名残

     昼食後、建物内の案内をするとシュネに言われて、キルシュはその後を付いて歩いていた。 誰もが近寄らぬ森の中に、建造物がある事自体にも驚いてしまうが、それ以上にこの建物の古典的で絢爛とした美しさに驚いてしまった。  ──月白の塗料に彩られた優美な曲線を描く螺旋階段は、歩めば軋んだ音が上がった。手すりの下の格子は唐草を思わせる飾り。そして、廊下に敷き詰められた臙脂色のカーペットも、通路の壁に設置された黄金の燭台も黒く煤けていて、かなり年季が入っている事を窺える。 ……見るからに、数世紀昔の屋敷のようだった。 華美なドレスのように、幾重ものレースがあしらわれた天蓋の付いた大きなベッドに、華やかな調度品の数々……。 それはどの部屋にも設置されていて、部屋の奥には蜉蝣の羽根のように透き通ったベールの付いた猫足のバスタブが置かれていた。  どの部屋も楕円型の間取りで窓までも丸みを帯びている。そして、目立つものといえば『これでもか』と言う程に施されたゴテゴテとした漆喰装飾だ。至るところに散りばめられた煌びやかさにキルシュは目眩を覚えた。  そうして、最後にシュネに案内された部屋にキルシュは圧倒された。  そこは、こぢんまりとした礼拝堂だった。 黄金と白を基調とした祭壇には天使や聖者の彫刻の数々が左右対称に配置されている。飾り柱にも細やかな装飾や聖人のレリーフの数々がひしめいていた。美しい彫刻の数々に促されて、そのまま宙を見上げて更に気圧された。 太陽が照りつける雲の上で数多の天使が歌う。 その反対側で茜髪の聖女が闇の中、輝かしい黄金の光を抱き茨の弓を引く──荘厳な天井画が色鮮やかに描かれていたのだ。  キルシュ自身、美術に深い関心がある訳でもない。それでも、この天井画は見惚れる程に美しいかった。しかしどういった訳だろう。この絵を見れば見る程どこか不安を掻き立てられる。キルシュはすぐに天井画を見るのをやめた。「綺麗でしょう? でもね、何だか不穏な気配がしちゃって私もキルシュちゃん同じ反応しちゃ

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   15話 その揶揄いは不快ではなく

     ……そうだ、キスしたのだ。 それも初めてのキスで舌を絡められて、随分と官能的なキスをされたのだ。 しかし不思議と不快ではなくて、少し……いいや、びっくりするほど気持ち良かった。自分でも本気で意味が分からない。 途端にキルシュは真っ赤になって唇を押さえる。 それにあの記憶の中の少年が彼と同一人物の〝ケルン〟というなら……。『いつか、おれの事を好きになってくれたら、お嫁さんになってほしい!』そんな言葉を言われた気がする。つまり、最初から自分に好意を持っていたという事になる。  そもそもだ。初めて出会った瞬間に彼は『見つけた』と言った。 ファオルの件もあって、ずっとこの日を待っていたように窺えてしまう。 しかし幻視を見るだの、非現実的な事が起きている。あれは本当に、同一人物なのか。何らかの変な力を使って、都合の良い夢でも見せられたのだろうか……。 キルシュは真っ赤になったまま黙考に耽る。だが、そんな様子に心配したのだろう。「キルシュちゃん、どうしたの?」 顔が真っ赤よ。と、シュネに心配そうに言われて、キルシュは我に返った。 同性とは言え初対面だ。『そのケルンに唇を奪われた』だのさすがに言えたものではない。 キルシュは慌てて首を横に振るう。 「大丈夫です、すみません。色々思い出してぼーっとしてしまって」「いいのよ。でも、びっくりしたでしょう……あまりにもよくできた機械人形だって」「……はい」「私も初対面は驚いたわ。確か、あれは五年程昔かしら……」  ──きっと、私たちは似たような立場だから話してもきっと問題なさそうね。なんて付け添えて、シュネは、薔薇色の唇を開いた。「私、北西部にあるシュトルヒ子爵領の牧師の娘なの。母は優しかったわ。けれど、父は能有りの私を疎く思って。二人は私の所為で喧嘩ばか

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   14話 目覚めたそこは

     パタンと、静かに扉が閉まる音がした。  暖かで柔らかな、陽の光に促されてキルシュはゆっくりと瞼を持ち上げる。(私は……ここは)    すぐに頭に過ったのは昨晩の二つの出会いだった。  喋る鳩に、自立し思考する機械人形。それも元人間、能有りと思しくて……。 どちらも、現実的ではないものだった。まるで夢でも見ていたかのように思う。だが、見知らぬ絵画の天井と身体を包む暖かで柔らかな掛け布団の感触に、ここが学院寮でも伯爵家の屋敷でもないとキルシュは改めて理解した。(……どこだろう)    疑問は湧き立つが、それ以上に空腹の方が気になってしまう。  どこからか、ベリーを煮詰めたような甘酸っぱい香りが漂ってくる。それがジャムだったら、パンにたっぷりつけて頬張りたい。そんな事を考えつつも、キルシュは寝返りを打つ。 それもそのはずだろう。最後の食事は前日の朝。帝都の寮で朝食をとったきりで何も口にしていなかったのだ。  せめて、部屋に運ばれた夕飯くらい食べればよかった……と、後悔して、キルシュはぺったんこになった自分の腹を摩ったと同時だった。   『ケケケ……。起きたか徒花の眠り姫』 軽い調子の声と共に、目の前にポッと光の渦がポッと灯った。そこから羽ばたいて姿を現したのは昨晩出会った、喋る鳩、ファオルだった。   (ああ、やっぱり夢じゃなかった)    もしかしたら自分は頭がおかしくなって、変な幻覚でも見続けていたのかとさえ思っていた。そうではなかった、よかった。と、改めて思い、キルシュは自然と唇を緩めて、安堵した顔になる。     そんな顔に見かねたのだろうか。ファオルはツンとキルシュの額を嘴で突いた。「いだっ」 『何を惚けた顔してんだよ~おまえ本当にお気楽だなぁ』 愛らしい子どもの声だが、やはり憎たらしい。  突かれた額を擦りながら、キルシュは恨めしくファオルを睨む。   「った……何するのよ、痛いじゃないの」 『だってさぁ。なーんかキルシュを見てると、腹

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